きのみきのまま

女子大生の読書備忘録

『チャンス』太宰治

今度、小栗旬さん主演で映画がありますね。この作品では彼の恋愛論が語られていています。青空文庫にもありますし、短いので興味ある方は一度見てみると面白いと思います。核心をつくような内容でした。

チャンス (青空文庫POD(ポケット版))

チャンス (青空文庫POD(ポケット版))

太宰治(1909~1948)

自殺未遂や薬物中毒を克服し、第二次世界大戦前から戦後にかけて多くの作品を発表。

1.恋愛の定義

「人生はチャンスだ。結婚もチャンスだ。恋愛もチャンスだ。と、したり顔して教える苦労人が多いけれども、私は、そうでないと思う。私は別段、れいの唯物論的弁証法に媚こびるわけではないが、少くとも恋愛は、チャンスでないと思う。私はそれを、意志だと思う。」

このように冒頭が始まります。

太宰治の机の傍の辞苑をひらいて見たら、

「性的衝動に基づく男女間の愛情。すなわち、愛する異性と一体になろうとする特殊な性的愛」

太宰治がもし辞苑の編纂者だったならば、

「恋愛。好色の念を文化的に新しく言いつくろいしもの。すなわち、性慾衝動に基づく男女間の激情。具体的には、一個または数個の異性と一体になろうとあがく特殊なる性的煩悶。色慾の Warming-up とでも称すべきか」

2.嫌いな女シリーズ

「『もののはずみ』とか『ひょんな事』とかいうのは、非常にいやらしいものである。それは皆、拙劣きわまる演技でしかない。稲妻。あー こわー なんて男にしがみつく、そのわざとらしさ、いやらしさ。よせやい、と言いたい。こわかったら、ひとりで俯伏したらいいじゃないか。しがみつかれた男もまた、へたくそな手つきで相手の肩を必要以上に強く抱いてしまって、こわいことない、だいじょぶ、など外人の日本語みたいなものを呟つぶやく。舌がもつれ、声がかすれているという情無い有様である」

ぶりっ子女子は嫌いな様子。

「急停車のために私は隣りに立っている若い女性のほうによろめいた事があった。するとその女性は、けがらわしいとでもいうようなひどい嫌悪と侮蔑の眼つきで、いつまでも私を睨にらんでいた。たまりかねて私は、その女性の方に向き直り、まじめに、低い声で言ってやった。 「僕が何かあなたに猥褻な事でもしたのですか? 自惚れてはいけません。誰があなたみたいな女に、わざとしなだれかかるものですか。あなたご自身、性慾が強いから、そんなへんな気のまわし方をするのだと思います」

自意識過剰女子は嫌いな様子。

[感想]

要約すると、恋愛とは非常に恥かしいものであると、太宰治がひたすら主張する話です。興味深いところは「恋愛チャンス説は、淫乱に近い。それではもう一つの、何のチャンスも無かったのに、十年間の恋をし続け得た経験とはどんなものであるかと読者にたずねられたならば、私は次のように答えるであろう。それは、片恋というものであって、そうして、片恋というものこそ常に恋の最高の姿である」という一節です。ここで結論が「恋愛に限らず、人生すべてチャンスに乗ずるのは、げびた事である」と語っていますが、男って単純なような難しいものだと思わされました。

『劇場』又吉直樹

『火花』を読んでから、随分経ったなと思いました。今作も、大変面白く読ませて頂きました。文庫化されたようで買ってみました。特に、文豪たちがサッカーをするシーンは読みながら笑ってしまいました。

劇場

劇場

又吉直樹(1980~)

大阪生れ。 吉本興業所属のお笑い芸人。2015年、芥川賞を受賞。

あらすじ

高校卒業後、大阪から上京し劇団を旗揚げした永田と、大学生の沙希。それぞれ夢を抱いてやってきた東京で出会った。公演は酷評の嵐で劇団員にも見放され、ままならない日々を送る永田にとって、自分の才能を一心に信じてくれる、沙希の笑顔だけが救いだった――。理想と現実の狭間でもがきながら、かけがえのない誰かを思う、不器用な恋の物語。

[感想]

主人公の永田は、安易な言葉で言うと不器用でとても面倒くさい人。もし身近にいたら絶対親しくなりたくない。でもその反面、凡人じゃない雰囲気醸してる感じや突飛な考え方にうっかり憧れそうな存在です。若い頃は余計そういったあると思うので、沙希が彼に惹かれてしまう気持ちは分からなく、大都会で夢を追う愛する人を陰ながら支える生活なんてちょっと憧れるなと思ったりもしました。どうしようもないダメ男が主人公でしたが、終盤にかけてストーリーが進み始めてからの展開がすごくよかったです。特に、ラストにはグッときました。映画化されるようなので、そっちも観ようと思いました。

『鍵のない夢を見る』辻村深月

この作品は、直木賞を受賞した際に読んだ本です。いま思えばこれが辻村深月さんとの出会いでした。地方の街でささやかな夢を見る女たちの暗転を描いた素敵な作品で、辻村さんの本で一番好きな作品です。

鍵のない夢を見る (文春文庫)

鍵のない夢を見る (文春文庫)

辻村深月(1980~)

山梨県笛吹市出身。 千葉大学教育学部を卒業。

1.仁志野町の泥棒

ミチルは母親とのバス旅行の途中、バスガイドが小学校時代の同級生の律子だと気付く。転校生である律子は明るく可愛い女の子で、ミチルとも親しくなるが、彼女の母親は泥棒だという噂があった。

2.石蕗南地区の放火

災害共済地方支部に勤める笙子。実家の目の前の消防団詰め所に不審火が出たという事で現場調査に行く。そこで顔を合わせたのが、かつて合コンで出会った大林。しつこい大林と一度デートしたことを後悔している笙子ですが、現場では大林はわざとらしく親しげに声をかける。

3.美弥谷団地の逃亡者

ご近所限定で出会いを探せる出会い系サイトで陽次と出会った美衣。どこにでもあるカップルの夏旅行のヒトコマに見えますが、美衣の目にはこれでもかというくらい陽次のダメな部分が目につく。決定的なのは、買い物の時に美衣の母親のクレジットカードを陽次が使おうとするところだった。

4.芹葉大学の夢と殺人

未玖は大学時代の恩師が殺されたと知り、咄嗟に恋人の雄大が犯人ではないかと思う。荒唐無稽な夢を見続ける雄大は教授と上手くいっておらず、教授のせいで留年したと信じていた。やがて未玖に雄大から連絡がきて、話が展開していく。

5.君本家の誘拐

結婚数年目にして待望の赤ちゃんを授かった良枝。夢見ていた我が子との生活は、想像以上に過酷なものだった。疲れ果てる良枝だが、ある日、ショッピングモールで娘が消えてしまう。

[感想]

これを読む時の読者の年齢や人生の経験値によって印象が変わる作品だと思います。この作品は5編の短編集から成っていますが、それぞれ主人公はその辺にいそうな女性達です。その中に共感できる主人公がいるかもしれません。最後の短編の中でこんな台詞がありました。「良枝はさ、昔から人生設計が階段階段って感じで、踊り場がなかったのかもしれないね」(p.211)。とても胸に響きました。実際一歩間違うと犯罪という危なっかしい青春時代を送っている人は少なくないのでないでしょうか。世間知らずで怖いもの知らずだからこそ、恋やドラマが生まれると思いました。

『草の花』福永武彦

同性愛について描いてある作品を探していたところ出会いました。私は福永武彦さんを知らなかったのですが、とても繊細で、行間にさえ詩的な余韻を残す美しい作品でした。ほかの作品も読んでみたいです。

草の花 (新潮文庫)

草の花 (新潮文庫)

福永武彦(1918~1979)

福井県に生れる。東大仏文科卒。

1.冬

研ぎ澄まされた理知ゆえに、青春の途上でめぐりあった藤木忍との純粋な愛に破れ、藤木の妹千枝子との恋にも挫折した汐見茂思。彼は、そのはかなく崩れ易い青春の墓標を、二冊のノートに記したまま、純白の雪が地上をおおった冬の日に、自殺行為にも似た手術を受けて、帰らぬ人となった。

2.第一の手帳

汐見が藤木忍という同じ弓術部の後輩を「愛していた」ことが記録されていた。場所は夏の合宿であるが、汐見の藤木への愛の告白、藤木のそれに対する拒否反応、そして藤木が結核で死ぬことでこの関係が終わることが綴られている。汐見が藤木に対し「愛していれば苦しくもなるよ」と言うのに対して、藤木は「僕は愛してなんかほしくないんです」と言う。そして、さらに「愛するというのは、つまり愛されることを求めるということじゃないんですか?」と切り返す。「孤独だからこそ愛が必要なのじゃないだろうか?」と汐見は迫るのだが・・・。

3.第二の手帳

今度は汐見の藤木忍の妹、千枝子に対する愛である。汐見は忍の面影を追いながら、千枝子を愛していく。千枝子も汐見が好きなのだが、彼女はキリスト教への信仰をもっていて、信仰と愛との関係でふたりは考え方を異にする。迫りくる軍靴、召集令状を怖れながら、汐見は小説を書くこと、千枝子を愛することに、自らの孤独な人生を突き詰めていくが、結局、千枝子は汐見のもとを去り、汐見は召集されていく。

4.春

「私」が療養所生活をともにした汐見の遺稿の手帳の存在を、千枝子(石井という男と結婚)に伝え、それに対して彼女の返信があり、その長い手紙の全体がそのまま引用されている。彼女は汐見が好きだし、愛していたのである。しかし「もしあの方がわたくしを愛することによって少しでも信仰の方へ歩み寄られようならば、二つの愛を共存させることも可能だと考えました。しかし汐見さんはかたくなに、自分を守り通したかたでございます。そしてわたしは、わたくしの信仰を失いたくはありませんでした」と書く彼女は、「汐見さんがいつまでも兄のことをお忘れにならず、亡くなった兄とわたくしとをいちいち比較して御覧になるその眼の厳しさが、次第にわたくしに耐え切れぬ気持ちを起こさせました」とも書いている。

[感想]

これは、「愛」についての物語です。汐見茂思は藤木忍も妹の千枝子も純粋に愛していました。しかし、その純粋さは彼らには観念的でしかないと受け止められ、純粋に愛されることを求めた汐見は傷ついていく。「藤木、君は僕を愛してくれなかった。そして君の妹は、僕を愛してくれなかった。僕は一人きりで死ぬだろう・・・」という一説が胸に突き刺りました。この痛々しい青春の記憶が、彼のノートの中で追憶として叙情豊かに語られます。また、これは「孤独」についての物語でもあります。「草の花」という題名に含意されているものが物語の終盤でわかったとき、感動が体中を駆け巡りました。

『もしもあなたが猫だったら?――「思考実験」が判断力をみがく』竹内薫

著者は「思考実験」=脳内シチュエーションを刺激的なゲームであると同時に、科学的思考法を身につける絶好のトレーニングだと言います。私はいつも寝る前に考え事するのが好きだから、気になりました。

もしもあなたが猫だったら?―「思考実験」が判断力をみがく (中公新書)

もしもあなたが猫だったら?―「思考実験」が判断力をみがく (中公新書)

竹内薫(1960~)

東京生まれ。猫好き科学作家。東京大学、マギル大学大学院卒業。理学博士。

1.目次

  1. もしもあなたが猫だったら?
  2. もしも重力がちょっぴりだけ強かったら
  3. もしもプラトンが正しかったら
  4. もしもテレポーテーションされてしまったら
  5. もしも仮面をつけることができたら
  6. もしも小悪魔がいたならば
  7. もしもアインシュタインが正しかったならば

以下で、1つだけ紹介。

2.もしも仮面をつけることができたら

「『役割理論』というのがあります。哲学者が好んで使う理論なんですが、基本的には一つの人格なんだけれども、実際には場面場面において役割を使い分けているんだゾ、と。だから舞台の上で役を演じているのと同じように、現実の社会でも常に役を演じているという話なんですよ。」(p.124)

たとえば学校にいけば、学生なりの役割がある。実家に戻れば、娘になったり姉になったり、そういうのは全部、役割と言えば役割ですよね。あまりにもあたりまえすぎて、みんな意識しないんだけれども、確実に仮面はたくさんあって、使い分けている。


思考実験:家の中での役割、外に出て買い物をしているときの役割、あるいは同級生と会っているときの役割、仕事場での役割、お客さんを前にしての役割、パソコンでチャットしているときの役割……はたして、この中のどれが「本当のあなた」ですか?

たとえ自分一人で部屋にこもって読書をしているときでさえ、それは一つの人格にすぎないと思う。実際、どれが本当か、という問い自体がナンセンスで、人間には「一つの固定された客観的な人格なんて存在しない」じゃないかと考えた。


思考実験:あなたが生放送で全国ネットのニュース番組のキャスターの席に座ったときと、まったく正体が見えない「2ちゃんねる」の掲示板に書き込みをするときとで、あなたの言動は変わるだろうか? 身近な政治ニュースを例に、想像してみてください。

常に仮面というものを意識しているとおもしろいなと、私は思う。仮面を被ると、違う可能性が生じてくる。これはハロウィンで仮装した人達で賑わうスクランブル交差点のようなもので、ひとにはどこか変身願望ってあるのかなと思う。人間って、周囲の圧力や人間関係の力学があって、その中で不本意な仮面を被っていることも多い。それが一切要らない状況というのは、やっぱり快感じゃないだろうか。

[感想]

「他人の立場になって考えることが出来れば、無駄な諍いもなくなるでしょうし、視野が広くなるので、物事を大局的に眺める癖がつき、社会生活や人間関係が楽になります。また、さまざまな可能性も広がりますから、人生がうまく廻るようになります」(p.3)というところが、印象に残りました。著者は、本書で、思考実験を通じて、固定化され惰性化したモノ的世界観を脱却して、より自由闊達で無限の可能性を秘めたコト的世界観へと私たち読者を誘いたかったといいます。思考実験は自分を主観を外さないといけませんが、違う多面的な感覚を感じることができて、自分ではなく他者の側に立つことができるので、とても面白いと思いました。