『ミルクと日本人』武田尚子
対価を払って牛乳を入手するのは経済的領域であるが、牛乳が栄養価の高さから、対価の支払いが可能な層だけ牛乳を飲んでいればよかったわけではなかったらしい。牛乳を通して近現代社会を探索する一冊。
- 作者: 武田尚子
- 出版社/メーカー: 中央公論新社
- 発売日: 2017/06/20
- メディア: 新書
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武田尚子(1946~)
お茶の水女子大学文教育学部中国文学科卒業、東京都立大学大学院社会科学研究科博士課程修了。
1.ミルクの普及と社会分化
「ミルクを飲む習慣は栄養の知識と連動した。」(p.10)
ミルク需要のプロセスには、機械、冷蔵、輸送の全般的な底上げ、つまり社会的基盤の整備が必要で地方の条件が整うには時間を要した。その他にも、価格の点でも裕福な人々に有利で、知識を身につけた所得の高い層から普及するなど、社会階層による違い、すなわち階層ラグがあった。
2.渋沢栄一の牧場ビジネス
「牛肉の需要角地は牧畜業を刺激し、牛肉・牛乳市場への新規参入が相次いだ」(p.81)
渋沢栄一は第一国立銀行の頭取として活動すると同時に、数多くの企業の創立や育成に関わった。その中で、放牛・搾乳業の体制を整備したうえで、渋沢は緬羊飼育について見直しに入った。牛乳販売の法制度の整備が進み、営業環境の変化に即して、東京の搾乳業者の間で同業団体結成の気運が生じた。搾乳業者の増加、法令の整備、同業者団体の結成などが並行して進み、乳業界が形成された。
3.関東大震災と牛乳配給
「中間層でも贅沢に感じられる牛乳を東京市の予算で都市下層の乳幼児・児童に給付するのであれば、理解を得るために慎重な配慮が必要であった」(p.192)
牛乳を売る、買うという経済的な需要・供給の関係を超えて、「必要な人に配る」という福祉的な配給が始まったのは関東大震災がきっかけであるらしい。この未曽有の大災害のあとも「牛乳を必要とする人」をめぐって、牛乳をめぐる福祉的配給モデルが模索された。その背景には、乳幼児の高死亡率があった。
4.ミルク供給の経済モデル
明治期――経済的領域の供給モデル
大正期――福祉的領域の限定配給モデル
昭和戦前期――経済的領域の再編モデル
戦後復興期――福祉的領域の全員配給モデル
高度経済成長期――原料供給地の複線化
ミルクの現代的課題
「栄養価にすぐれ有用であるからこそ、『経済的』『福祉的』の両面で多様な供給方法を維持することが社会的に重要と思われる。」(p.245)
供給方法が多様になった結果、現代における経済的供給モデルの典型は「消費者が小売店で個別購入」するスタイルになった。しかし、これは平時に可能な入手方法で、非常時にこのような自由調達は機能しなくなる。牛乳は栄養価が高いので、非常時に最も影響を受ける社会的弱者が牛乳を必要とするので、「福祉的供給」のラインを複数、社会に埋め込んでおくことが必要だという。
[感想]
私は牛乳も好きですが、乳製品がとても好きで本著に興味を持った。現代ではスーパーやコンビニで牛乳を買うことが多くなったが、牛乳は飲用としてもチーズのような加工食品としても、国民に広く根を下ろしている。近現代社会における牛乳の福祉的配給の意義について考えることは、とても面白かった。