きのみきのまま

女子大生の読書備忘録

『不幸になりたがる人たち――自虐指向と破滅願望』春日武彦

世の中には時々、不幸や悲惨さを選びとっているとしか思えない人がいる。「この過酷な人生を生きてゆくために、奇妙なロジックを考えだし、不幸を先取りしなければ生きてゆけなくなった人たち」という。

自虐指向と破滅願望 不幸になりたがる人たち (文春新書)

自虐指向と破滅願望 不幸になりたがる人たち (文春新書)

春日武彦(1951~)

京都府生まれ。日本医科大学卒業。医学博士。

1.理解しかねる隣人たち

「わたしたちの心の内部と、周囲の世界とは決して対立した存在ではない。互いに溶け合っているくせに、対峙しているかのように見えているだけである。」(p.25)

著者は、不作法とか非常識、あるいは人間としての自然な振る舞いから逸脱した言動に出合うにつけ深読みする。日常レベルの些細な違和感や不快感はそれが瑣末であるがゆえに、むしろ精神科医をもうろたえさせかねないらしい。心の中の変異は、自分の内部からではなく外側から凶事が襲ってくるような錯覚によって認識される。

2.奇妙な発想 奇矯な振る舞い

「我々の心のうちには、自己破壊的な、さもなければ何か盲目的な衝撃が潜んでいる気配もあり、そうした結果として奇妙な発想・奇矯な振る舞いをしかねない。」(p.85)

さまざまな人たちによる理解不能の言動に、我々は日常茶飯事のように接する。しかもその人物が狂気にとりつかれているわけではないいとすると不安を募らせる。しかしその底流には、おそらく誰もが持っている心の脆さや弱さが指摘できるに違いないという。

3.悲惨の悦楽 不幸の安らぎ

「たとえ悲惨であったり不幸であろうと、それが具体的であればかえって安心感につながる場合がある。」(p.143)

曖昧であったり不確定であることは、何よりも人の心を不安に駆り立てる。ペンディングを強いられるよりは、なんらかの現実的な事象に直面するほうが心の負担が少ないと考える人々は多い。本来はある種の精神的な防衛機構に由来しているのではないかという。

4.グロテスクな人びと

「かなりの程度に精神が狂っていようとも、日常生活レベルではほとんどそれを感じさせないように振る舞えるのが、大多数の人間なのである。」(p.183)

相当に問題を抱えていようともそれに見合っただけの異常さを漏れ出させずに生きて行ける能力が人間には基本的に備わっているところに、著者は恐ろしさを感じてしまうという。確かに、そうかもしれないと思った。SNSでは異常さを漏れ出しているのに、日常では普通を装っていきていける人の多さに驚かされる。

[感想]

太宰治は『人間失格』で、「弱虫は、幸福さえおそれるものです。綿で怪我するんです。幸福に傷つけられる事もあるんです。」といっています。これをどう解釈するかは人それぞれですが、私はこの本に答えがあるような気がしました。確かに私にはそのような気持ちが理解できる側面もあるのですが、現実的な事象に直面するほうが心の負担が少ないことに由来するのでしょうか。